許すということ


私が長くこだわってとらわれている事があり、その時にとあるヨガの先生が言った言葉。


「許す事を自分に許す」 


これを聞いた時、どんな事であろうとも苦しみの種を育てているのは自分自身なんだと知りました。



私の大好きな仏教のお話しで、“アングリマーラ” というのがあります。


元々は敬虔なバラモン教徒のアヒンサカが、師匠の軽率な嘘の教えを全うしようと、人々を驚愕させる殺人鬼の”アングリマーラ“ に豹変します。


そして、いよいよその嘘の修行が完了するという時、仏陀に出会います。


仏陀の教えによりアングリマーラは改心し、自分の罪を深く反省するのです。

そして、仏教に帰依し仏陀の優秀な弟子のひとりとなるのです。


殺人鬼の心を溶解させる仏陀の慈悲の心と懐の深さに驚きを抱くとともに、レベルは違えど自分が抱えていた執着心や正義感のようなものを許して受け入れる。そうしてみようという気持ちになれました。


ある意味、許すという行為は勇気が要ります。

自分の信念を曲げるような気がしますよね。


でも、こうであるべきとか「良い」「悪い」の価値観で判断し続けて、ジャッジをする事はヨガ的ステイタスで言えば、まだまだ心が波立っている状態で、ピュアなマインドとは程遠いです。


自分が、ジャッジをしたところで事態が何も変わらないのであればそこに感情を使うのは、ただ疲れるだけですね。



「アングリマーラ」直訳すると、「指の首飾り」です。

詳しくお知りになりたい方は、本でも読めるので探してみてください。